饒舌な沈黙
病気について真に本音で話せるのは唯一夫だけだ。
見栄っ張りな私は、他の家族や親しい友人にはあまり心配をかけたくないし、惨めな姿も見せたくない。夫は言わば運命共同体としてどんな感情でも共有できる唯一の存在と認定しているから、人には言えないことも言える。夫もおそらく自分はそんな役回りだと観念しているようだ。
体調が悪い時や気持ちが落ち込んだ時は夫に愚痴る。そうすると「えぇ、大丈夫?」「それは大変だねぇ」「病院に連絡してみたら」等のありきたりな言葉が返ってくる。明らかに励ましや同情の言葉をパターンとして持っていて、場面に応じて使い分けているのがわかる。夫から気の利いた言葉をかけて欲しいと期待している訳ではないので、その定型化された返事で私は十分満足している。ちょっと面白いパターンもあったりして、ユーモアのかけらもなかった夫が進化を遂げていることに驚かされる。
深刻な話をする時もある。いよいよ死期が近づいたら、などの未来についての想定の話だ。私だってあまりこういう話はしたくないし考えたくもないが、可能性として今の内に共有しておきたいので仕方がない。しかしそういう時、夫はぱったり沈黙してしまう。その顔が(その話は聞きたくない)と語っている。自分でも答えが出せない問いを夫に投げかけると、(その質問はとても答えられない)という表情をする。何も言わないのに夫の考えが読めてしまう。その沈黙はとても饒舌で、結局この手の話は私の独り語りで終わってしまう。
がん患者の家族は「第二の患者」と呼ばれケアが必要な存在です、と何かのガイドブックに書いてあった。第一の患者である私が夫に本音を話してすっきりするように、第二の患者である夫も誰かに本音を打ち明けて楽になるべきだろう。夫は人見知りで選り好みをするタイプなので、果たしてそんな相手が見つかるか疑問だが、何とか自己努力で探して欲しい。夫の心の平穏のために。
そう言えば、始めにかかった病院で主治医のカルテを盗み見た時、「キーパーソン:夫」と書いてあるのを見つけた。特に主治医に申告した覚えはないので、家族を伴った診察や入院中の様子などからそう判断したと思われる。医療者サイドから見て夫が治療における”キーパーソン”ということかと納得したが、広義において夫との関係性を的確に言い表しているような気がして気に入っている。
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